昨日死んだ

コミュ障なので面白いことが言えない根暗なブログ

好きなものを好きと呼ぶ温度の差

ネットやスマホが登場して

今の世の中はまさに私生活を充実させるに

充分過ぎる時代になりました。

人の趣味は十人十色。

趣味が合う友達を見つけるのも簡単になったし。

世はまさに私生活大充実時代!(立木風に)

以前はサブカルだなんて言われてた趣味も

今やメインカルチャー

 

昔は教室でアニメの話なんてしようもんなら

白い目で見られていた時代もあったというのに…

今の若い子は羨ましいなと思う。

 

趣味の定義

しかし実際趣味の友達を見つけるというのは

骨が折れる。

そう軽々と見つかるものでもない。

趣味とは何かという話になってくる。

人によって違うけれど

好きな物に対して深い知識を持ち合わせて

趣味だと呼べるという人もいる。

 

そう言われるとあたしは好きなものを

胸張って趣味ですと言えるのかと考えてしまう。

 

自分が好きな物や趣味と呼べるものはたくさん

あるけれど、じゃあその全てをコレクションしてるとか

それに関連する深い知識やニュースを全て網羅

してるかと言われれば否、なのだ。

重度のオタクと呼ばれるほどの人たちからしたら

ヌルオタだとかファッションだとか言われるであろう。

 

正直趣味に全力投球できるほど金銭的余裕はない。

女だと身綺麗にしないとならないし

消耗品の出費も激しい

今のオタクの女の子ってお洒落で可愛くて

一体どこからそんなに金が出てるんだ?と思えるほど。

一昔前のオタクの女の子はぱっと見で判断されるような

外見だったというのに。

 

寧ろ好きなものに金銭をかけられないような

者はオタクと呼べないのかもしれない。

 

その物に対する愛情も持ち合わせてなければならない。

寧ろ知識が薄くとも例えば趣味として継続して

愛でたり、楽しんでいればそれは趣味と呼べるであろう。

 

一昔前オタ活をまだしていた頃

所謂腐女子だった時は

その作品が好きで、それに対する感情の発露が

薄い本として現れていた気がする。

そういう熱意が行動に現れて趣味と言えるのかもしれない。

 

人と温度の違う‘’好き‘’

あたしは好きなものが結構あるのだけれど

それが多いせいなのか

どれかにものすごく熱意を傾けたりしていない。

暇があればやるけど

それをし続けなければ気が狂うほど欲してない。

いやもともと熱意と無縁の性格のせいもあるかも

しれないし、熱意という言葉の温度差が

人と比べてありすぎると言えるかもしれない。

人からして温い温度の熱意で

あたしは好きだと思えるものを欲する。

 

人が熱狂するほどの熱意じゃないけど

それがないと人生は酷く退屈で

それをしなければ死ぬということはなくとも

小さな熱意でそれを必要としている。

だから趣味に関してあたしは相当無知だ。

無知だけど、人と比べれば温い温度で

それを愛でている。

 

なので趣味の話をして

人から振られた話に対応出来ないと

本当に趣味なのかとか温いとか言われて

なかなかつらい。

人より冷めた温度かもしれないけど

好きって気持ちで生きてるんだけどな。

 

同じくらいの温度で好きと呼べる

友達がいればいいのにと思う。

ヌルオタを見かけても熱意の温度が

違うだけなんだと思ってくれたらいいのに。

 

世間的にはやっぱり物凄く情熱を持った人ばかりで

そういう熱い熱い情熱を傾けられる人を

羨ましく思う。