昨日死んだ

コミュ障なので面白いことが言えない根暗なブログ

凡才以下の人間嫌いの自分がどう仕事をしていくか

 まだ何も自分の人生始まってすらないのに

無気力で熱意のないずん子です。

 

世の中色んな人間がいて人生も十人十色。

人生においての成功って何だろうと考える

とどのつまり、成功したいわけだあたしは!

自分の中の成功のラインというのは

自分の好きな事で、ご飯を食べていけるということ

好きな事を形にして評価されるということだ。

人生の成功はやはり自己実現することにあると思う。

無気力な人間なのにそんなこと可能なのか?と

いつもベッドでゴロゴロしながら悩む。

 

世の中にいる天才たち

世の中には色んな人がいる

1.自分のしたい仕事で天下をとれた人

2.自分のしたい仕事ではないけど、適職、才能があり天下をとれた人

3.それ以外普通に生計を立てている人々

ざっくりと言うとこんな感じでしょうか。

天下をとれた(ここでいう成功)した人々は皆天才だと

あたしは思うのです。

天才も色んな天才がいて

1.努力した結果辿り着けた努力の天才

2.もともと好きでわき目もふらず歩いていたら辿り着いた天才

3.最初から才能やセンスがあった天才

4.何も持たないが全てを失う覚悟でぶつかった天才

とまあ天下人はNARUTOの世界ばりに天才ばかりだと思うのです。

あたしみたいな無気力で無才の人間がどうすれば辿り着けるのか

それはもう1か4しかないわけです。

 

感覚を研ぎ澄ませ

何もなくてもギラギラしていて刃物のような

感受性を持っている人

また物事に本気で向き合って賭けている人

それほどの度胸を持たなければならないし

時には向こう見ずな行動力で飛び込んでいかなければならない

何かしら生きていて、自分の心にとっかかるもの

ひっかかるものを持っていなければならない。

そういう感性があれば何か形にしたいと

情熱を傾けていけるのかなと思います。

 

無気力で何も感じずシャットアウトしている生活を

送っているけれどやっぱり腹を立てたり

何か訴えたいことがなければ、心引っかからなければ

熱意や情熱を持てないのかなと思います。

 

絶望的なほど人間が嫌い

世の中の仕事は全て、誰かの役に立つことで

成り立っています。

提供するということです。

自分がしたいこともきっと人の役に立ち何かしら

提供できる仕事です。

でも自分でそう思えない絶望的な部分もあります。

それは人間が嫌いすぎて、何かを良くしていこうと

思えない部分です。

 

じゃあなぜブログを書いてるのと言われれば

嫌いじゃない一部の人に発信しているのかもしれません。

今の接客業で嫌というほど嫌な人間と交わり

元々人間嫌いだったのが更に酷くなりました。

だから世の中をとか、人を助けたいなんて

綺麗な高尚な動機を抱けないのです。

人間なんかどうだっていいし死んでしまえばいいし

真夏に海や河原でBBQなんかして粋がって

馬鹿みたいと蔑んでいます正直。

だから自分がしたい仕事で誰かを幸せにとか

思いませんし

そんな自分の仕事が上手くいくだろうかと

人を思いやれない自分にいい仕事が出来るだろうかと

悩んでいました。

でも例えば自分が病気になっていた時に

感じた事や閉じ込めていた感情を

似た境遇の人の手助けをしたい、背中を押したい

そんな気持ちはあるので

少なくともその人たちに向けて届けばいいと思います。

 

人間が嫌いなのは

自分が入っていけなかった集団への

羨望や嫉妬心なんかもあるとわかっています。

だから嫌っているのかもしれません。

今は自分が傷つかないよう臆病に生きています。

10年前より誰かと会話を出来るようになったし

社会復帰出来、少し一人前だと言えるかもしれません。

人間がどうしようもなく馬鹿で嫌いです

それは否定しようがないし、正直率直な感想というか

そういう人間です。

根本は変わらないけれど

どこかにある恐怖心やコンプレックス、羨望を

直視するのが怖いもの

それらが自分を不安定にさせるとしても

それはいい仕事をするヒントになるかもしれないと

今は思っています。

何か引っかかる部分があればそれをどう改善していくか

その過程で何か提供していけるかもしれません。

何かを生み出す力があるとすれば、それは

不安定な中、自分を変えたいという気持ち

心のざらつきにヒントがあるのだと思います。

 

人間を憎く思っていても

それでも新しい仕事で素敵な人々に出会えたらいいなと

思ってもいます。